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ぜんそく体験記:ぜんそくとともに歩んで

ぜんそくとともに歩んで

ぜんそくをパートナーとして人生を歩くことを基本に生活をしてきたことで、現在の私があると思っています。ぜんそくとともに歩んできた私が、相手であるぜんそくとの生活の一端をみなさんへ紹介し、参考にしていただければ幸いです。

宮城県 中川 典雄(71歳)

 

1.はじめに

 澄んだ青空に雲が浮かんでいる。それを眺めると清清しい気持ちになれます。ところがそうした気持ちに反して、季節の変わり目が私のウイークポイントで、痰がつまり、咳が出て、気管支から痰が出ず、息苦しく、喘鳴があり、気管支ぜんそくの症状を生じてしまう。四季の変化があり、美しい日本の季節の変わり目を伝えるように私の身体が異変を感じ、新しい季節の到来を知らせるようにぜんそくの症状が表れます。
 ぜんそくの症状を感じたのは二十代後半からで、損害保険会社に勤務中で、業務に支障が出ぬよう通院しました。ぜんそくをパートナーとして人生を歩くことを基本に生活をしてきたことで、現在の私があると思っています。ぜんそくとともに歩んできた私が、相手であるぜんそくとの生活の一端をみなさんへ紹介し、参考にしていただければ幸いです。

2.強敵は季節の変わり目、気圧の変化など
 

私の中学、高校時代は扁桃腺肥大による高熱発生で通院し、その頻度が多いだけに扁桃腺の切除を検討したほどでしたが、幼児からのぜんそくはありませんでした。29歳の頃に風邪をこじらせ喘鳴を起こし、気管支ぜんそくと診断されました。寒い時期の風邪の発生に限られ、当初は発生の都度症状が治まる形で過ごしました。損害保険会社勤務で、仙台、東京、大分、大阪、再度東京へと転勤しサラリーマン生活を過ごし、ぜんそくの症状は勤務に支障をきたすほではなく、通院と薬で対応できました。
 昭和63年、子どもの学校生活を考慮し、家族を故郷の仙台に戻し、私は大阪で単身生活をスタートし、東京へ転勤し、平成19年退職して仙台に戻り、現在に至っております。最近のぜんそくの症状は、朝方に気管支に違和感を感じ、咳が出て、多くの痰を出すと解消します。痰の色は朝方黄色、午後は白色、その後終日白色だけです。薬はシムビコートを1日2吸入、朝夕に続け、痰が気管支に溜まり、出づらくなった時に、漢方薬の「清肺湯」を服用します。
 寒気と季節の変わり目が強敵です。したがって12月、4月、6月、9月の前後に過労にならないように注意しています。また気圧の変化も身体にマイナスになり、気管支が息苦しくなることもあり、台風の時期も要注意です。
 要注意の時の対応は、シムビコートの1日の吸入回数を許容量まで増加させることと、医師の診察を早速受け、最悪状態になることを防いでいます。また、夜間に息苦しさを感じ、不安になりがちで、とくに朝方4時前後に息苦しく感じることが多く、かかりつけ医師の携帯番号を教えてもらい、いざの際に備えていますが、幸いに活用したことはありません。吸入薬の進歩にも助けられています。パルミコートの吸入に続けて、シムビコート吸入に替えて3年を迎え、1日朝夜の2回、1回2吸入、1日4吸入を続けています。そうしたシムビコートの定期吸入後、息苦しい時に再度吸入する「スマートユース」を実行し、最悪状態を防止しています。
 ぜんそくの発作を治めることとともに気管支、肺機能などの強化を含めた健康の維持を積極的に行うことも必要です。ラジオ体操やテレビ体操は室内ででき、1日1度は外出してウオーキングを行う、夏の季節が中心ですがスイミングをすることは身体の強化につながります。退職後は1日の時間の使い方が大切で、積極的に身体強化に時間をとるようにし、孫のサッカーの相手をしたり、市民サークルの「調和道丹田呼吸健康法」に参加、活動しています。この健康法は瞬発的に吐く息に集中し、横隔膜が上下し、内臓をマッサージするとともに、内臓の静脈血の心臓への還流を活発にすることや、小刻みに息を吐くことにより、たくさんの二酸化炭素を外に出し、たくさんの酸素を肺に取りこむことができて、交感神経が優位となり安定感を得ることができます。

3.克服策は定期的な通院

 これまでのぜんそく生活でいちばんひどかったのは三十代前半の頃でした。会社の人事研修の際、スポーツとして野球に参加、息苦しく痰が切れず喘鳴があることを無視して動いたため、加えて台風が接近し、夜にさらに状態が悪くなり呼吸困難となり歩行もままならず、症状が好転することを期待しても良くならず救急車のお世話になり、静脈注射を受け、やっと回復できました。その時の呼吸困難は死を思うほどで、台風の気圧の変化による体調異変は現在まで感じています。それ以来両国の同愛記念病へきちんと通院し、アレルギー友の会へも加入し、ぜんそく克服の方策を実行しました。同愛記念病院の渡辺医師の診察を受け、ぜんそくをパートナーとする生活の適切なアドバイスをもらい、定期的に受診しました。同愛記念病院はぜんそくの専門病院だけに、多くの患者が集まり、受診に半日以上かかるのが常でした。待合室の中でも、患者各様、症状に軽重があり、早期にぜんそくを克服して通常の生活に落ち着くことを願うばかりです。
 きちんと通院できたことはぜんそくに対する勤務先の理解があったからで、大いに感謝するばかりです。ぜんそくの症状は喘鳴があるとか、息苦しい症状を起こす時間は夜間が多く、外形的にぜんそくと判断されることが困難であり、職場での理解も得にくいだけに、きちんと通院できる時間的な了解が得られたことはありがたいと思っています。
 きちんと通院できた結果、症状も良くなり、病院の混雑や時間のかかることもあり、油断してしまった時があった。単身生活で仕事に手を取られ、多忙となった時に数日夜に喘鳴が続き、息苦しくなり、呼吸困難を生じ、当時さいたま市の自宅から救急車を呼び、かねて通院した同愛記念病院を目指したが、近くの日赤さいたま病院で点滴を受け昼までベッドに横になり日帰りで回復しました。その際、きちんと通院していないとぜんそくは牙をむいてくることを実感しました。さいたま市在住時は日赤病院へ、退職後仙台に戻ってからは近所の呼吸器科医院へ1カ月に1度定期的に受診することにしたのは、この事件があったからです。
 また同愛記念病院通院の際に加入した日本アレルギー友の会の「あおぞら」の、ぜんそくの医学的解説や同病患者のみなさまの体験記に大いに援助をいただきました。現在でもぜんそく療養の基本であり、ぜんそくとともに歩む指針の1つです。機関紙「あおぞら」のファイルはぜんそく療養で困る時の参考書として活用しています。「あおぞら」作成のスタッフの方々に感謝するとともに、今後も療養生活に参考になる情報の提供をお願いいたします。

4.今後の歩みについて
 

現在の私のぜんそくの症状は、喘鳴はほとんどなく、朝方の咳と痰がからみ、それを外に出すことで落ち着き、通常の生活に入ります。以前は夜間、目を覚まし、息苦しい症状が出て、体調がすっきりせず、シムビコートを1吸入して解消しました。最近はシムビの夜の吸入時刻を22時前後にして朝方をカバーするようにしてみると、朝方も熟睡し、不安感も解消しました。

 ぜんそくとともに歩んでみて、私は細い境界線の上を歩く心境で、気を緩めると厳しい症状に落ち込みがちだと感じます。したがって患者としてぜんそくの症状内容についてよく理解して生活することが大切で、症状が良くなったからといってこれまでの療養策を停止してはいけないと思います。同時にぜんそく症状が落ち着いている時は、積極的に身体活動を行い基礎的な体力をつけるべきです。ぜんそくとともに歩んで「一病息災」の気持ちで、身体に気をつけて歩んでいこうと思います。
 ぜんそくとともに歩むには家族と担当医師の理解が大切です。家族は常にそばにおり、理解が得やすく療養の同行者です。担当医師とは受診時に症状をよく話し、理解を深める努力を必要とし、疑問があれば積極的に質問し、理解を得ることが大切です。私の担当医師の大まかな指導は抗生物質の乱用禁止、漢方薬の併用、のど飴の効用などで、毎月の受診時に、症状のようすでの疑問によく回答される理解者と思っています。
 ぜんそくとの生活は今後も続くだけに、これ以上悪くならないように、かつ全治を目指して次の点を念頭に毎日を過ごしていきたいと思います。

 1 今後の生活目標実現のため、快方に向かう方策を実行し、ぜんそくとともに歩んでいく。
 2 家族や医師の理解を得、支持や援助をあおいでぜんそくとともに歩んでいく。
 3 アレルギー友の会の「あおぞら」を通して、参加のみなさまとともにぜんそく快方を目指し て歩んでいく。
 

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