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喘息体験談 辛さを越えて、歩き続けて見えた未来

喘息体験談

A.K

★発症からひどくなった時の状態

発症は中学3年生の時でした。発症当時から咳が出たり、息が苦しかったり、時々ゼーゼー喘鳴も言っているような状態でした。

発作を頻繁に起こしている状態のまま高校に入学しましたが、発作が治まらず入学後すぐに入院することになり薬の見直しをしました。

 

★一番ひどかった時の状態や気持ち、日常生活の支障、家族など周囲の対応

ひどかった時、学校や家族は理解がありませんでした。

ただ、病院の先生や看護師さん達、学校のカウンセラーさんが味方でいてくださいました。学校の保健室の先生から大袈裟と言われ傷ついたこともありました。

周りの方もあまり理解してくださってる感じもなく、病気のことを人に言うことが辛く感じたこともあり、見た目だけで元気そうと判断されて誤解されることが辛く感じてしまうこともありました。受験も控えていた頃でとても辛かった状態で毎日泣いていました。

日常生活は、学校は遅刻、早退を繰り返しており夜も救急外来に駆け込むこともありました。

習い事や塾にも行っていましたがいつも体と心はしんどい状態でした。

それでもいつか良くなると思って過ごしていました。

 

★良くなったきっかけ、病気と付き合えるようになった理由、治療方法・考え方、良くなった状態

良くなったきっかけは、薬の見直しと、高校生の時に吹奏楽部と合唱部に入部して、お腹から声を出したり、息を吸ったり吐いたりを繰り返したのでそこから体力もついてきて薬の量と発作も減っていきました。

また私立高校に進学したこともあって保健室の先生、担任の先生の理解もあり充実した3年間を過ごすことができました。

大学も色々な思いをしながらも4年間充実した生活を送ることができました。

大学には看護師さんがおられ、また学校医として呼吸器内科の先生と糖尿病内科の先生がおられたのでいつでも相談できる体制があり、近くに病院があったので発作時は受診できる体制にありました。

ただその頃も、完治しないことに対してまだまだ受け入れ難い気持ちがあり、いつか治ると思っていましたが、大学を卒業して間もなく大発作に近い発作を起こし悪化してしまいました。その時にもう一生この病気と付き合っていかないといけないのだなと感じました。 

高校生から大学を卒業するまでは、シムビコートと飲み薬で治療をしていました。後に飲み薬を減らしてシムビコートのみになりました。ただ、大学卒業後に大きい発作を起こしてからはテリルジー、モンテルカスト、ビラノア、バイオ製剤であるデュピクセントを使用していました。

今ではフィギュアスケートやバレエなどのスポーツをすることもでき、仕事もプライベートも全力で打ち込めるようになりました。

 

★現在の病気に対する治療、考え方

その後、カンジダの副作用が食道まで及んでいたことから薬を変更し、現在はシムビコートとスピリーバの併用とモンテルカスト、ビラノアとデュピクセントを使用し上手にコントロールができています。

仕事やプライベートを充実したものにするには薬をきちんと使う、定期受診は怠らない、重症化を抑えることができるのでインフルエンザなどのワクチンは接種する。そして、病気に対する知識をつけることや自分の状態を分かっておくことが大事だと思っています。運動も出来るならした方がいいと感じています。あとは主治医や看護師さんに自分の考えていることを伝えることが大事だと思っています。

 

★今後の希望

今後は海外の医学部を受験して、ヨーロッパと日本の医師免許を取得し、日本と海外とを行き来する生活を送りたいと思っています。

昔お世話になった先生方の背中を見て育ってきた背景もあるので、今お世話になっている先生方と共にアレルギーや呼吸器疾患で闘病している方のお役に立ちたいと考えています。また個人的には子供を授かりたいと考えているので、薬に関することなど主治医とも良く話し合う必要があると考えています。

 

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